思いやり-10 ― 2008年03月06日 06時26分43秒
やっと?「つ抜け」。「つ抜け」とは釣り人が使う言葉で、二桁以上の数字を意味します。「一つ、二つ・・・・九つ」と数えると、必ず最後に「つ」が付きますますが10を過ぎると「つ」は付きません。
釣は良いですよ、自然の怖さと、優しさの両方が有り、自然の大きさが良く解ります。自然から受ける「思いやり」が、何かを感じさせます。何だか判りません。なんでも良いでしょう。兎に角、釣り場から家に帰る時の寂しさはなんとも言いがたいものが有ります。
「釣果が無い」?。否定できませんが、違うと思います。
それでいて、海からある程度離れると、「早く家に着かないかな」という気持ちになります。
これが、釣の楽しみです。釣果は関係有りません(言い訳がましい)。
ところが、最近(去年の8月以降行ってませんが)、釣り場を汚す「大人」が多いのが残念です。
去年の6月、ビックサイトへ仕事で出かけ、ちょっと、暁埠頭公園に寄った時の事です。
釣り人に「釣れますか」と聞いたら、「こんなのが釣れた」と言って、見せてくれました。
それから、色んな話をしたんですが、その釣り人は
「最近の親は何を考えているんだか解らない、子供連れで来て、子供の使い捨てオムツを此処にほっぽりぱなし、あそこにゴミ箱があるんだから、スーパーの袋に入れて、捨てればそれで済むのに」
と言っていました。
ゴミ箱は20mくらいのところに有りますし、公園ですからトイレも有ります。
トイレの無い場合は草むらで隠れということは有りますが、紙オムツを置くというのは、如何でしょうか。
「50歩、100歩」と言う方もいるでしょうが、違います。オムツは人造物で、機能上、耐水性が要求されます。
雨では無くなりません。「草むらで隠れて・・・・」の場合は、雨が処理してくれます。この違いが大きいんです。
釣り船だって、お客さんの釣り人の「こませ=撒き餌さ」量を制限しています。海を汚さない為です。許容範囲内なら、自然が処理してくれます。
この自然の「思いやり」を大切にしなければなりません。それが、自然への「恩返し」となるのです。人が、意図的に、自然に何かをしてあげる事はできません。人間とは、大きさがちがいます。
出来る範囲で良いんです。それが、自然への「思いやり」です。自然はその努力をちゃんと見ています。
人造物の使い捨ては、「なるべく」止めましょう。
釣は良いですよ、自然の怖さと、優しさの両方が有り、自然の大きさが良く解ります。自然から受ける「思いやり」が、何かを感じさせます。何だか判りません。なんでも良いでしょう。兎に角、釣り場から家に帰る時の寂しさはなんとも言いがたいものが有ります。
「釣果が無い」?。否定できませんが、違うと思います。
それでいて、海からある程度離れると、「早く家に着かないかな」という気持ちになります。
これが、釣の楽しみです。釣果は関係有りません(言い訳がましい)。
ところが、最近(去年の8月以降行ってませんが)、釣り場を汚す「大人」が多いのが残念です。
去年の6月、ビックサイトへ仕事で出かけ、ちょっと、暁埠頭公園に寄った時の事です。
釣り人に「釣れますか」と聞いたら、「こんなのが釣れた」と言って、見せてくれました。
それから、色んな話をしたんですが、その釣り人は
「最近の親は何を考えているんだか解らない、子供連れで来て、子供の使い捨てオムツを此処にほっぽりぱなし、あそこにゴミ箱があるんだから、スーパーの袋に入れて、捨てればそれで済むのに」
と言っていました。
ゴミ箱は20mくらいのところに有りますし、公園ですからトイレも有ります。
トイレの無い場合は草むらで隠れということは有りますが、紙オムツを置くというのは、如何でしょうか。
「50歩、100歩」と言う方もいるでしょうが、違います。オムツは人造物で、機能上、耐水性が要求されます。
雨では無くなりません。「草むらで隠れて・・・・」の場合は、雨が処理してくれます。この違いが大きいんです。
釣り船だって、お客さんの釣り人の「こませ=撒き餌さ」量を制限しています。海を汚さない為です。許容範囲内なら、自然が処理してくれます。
この自然の「思いやり」を大切にしなければなりません。それが、自然への「恩返し」となるのです。人が、意図的に、自然に何かをしてあげる事はできません。人間とは、大きさがちがいます。
出来る範囲で良いんです。それが、自然への「思いやり」です。自然はその努力をちゃんと見ています。
人造物の使い捨ては、「なるべく」止めましょう。
思いやり-11 ― 2008年03月07日 04時52分04秒
昨日、仕事の帰りに、大きい駐車場の有るスーパーによりました。毎朝飲むアイスコーヒーを買う為です。品物決まっています。今も、机の上に有ります。
コーヒーを買って、駐車場に来ると、おばさんが自転車に乗ろうとして、隣の自転車を倒した場面に遭遇しました。
そのおばさんは自分の自転車と荷物で身動き取れません。倒れた隣の自転車は無情にも、その隣の自転車を倒し、あっという間に、7~8台を残し、10台くらいを将棋倒し。
見過ごす訳にもいかず、買ったコーヒーを地面に置き、助けに行きました。
倒れた自転車を元に戻そうとしたら、倒れずに残っていた、7~8台が将棋倒しです。
「仕舞った」と思いましたが、仕方ないですよね。全てを元に戻して、三人で良かった、良かったでした。
三人?、私とおばさんで二人。
そうなんです、もう一人、多分高校生くらいの女の子が、倒れた自転車を起こしてました。
世の中見捨てたもんじゃ有りません。こういう若い子もまだまだ沢山います。
とっても嬉しかったです。
「俺が手を出さなければ、残りの7~8台は倒れずにすんだか?」と思いながら、私は、おばさんと、女の子と三人で、自転車を元に戻しました。
帰り際に、おばさんから「有難う御座いました」とお礼の言葉をかけて貰ったのですが、残り7~8台を倒した事が気になり、
「お互いさまですよ」の一言を言えなかったのが、「残念~」でした。
コーヒーを買って、駐車場に来ると、おばさんが自転車に乗ろうとして、隣の自転車を倒した場面に遭遇しました。
そのおばさんは自分の自転車と荷物で身動き取れません。倒れた隣の自転車は無情にも、その隣の自転車を倒し、あっという間に、7~8台を残し、10台くらいを将棋倒し。
見過ごす訳にもいかず、買ったコーヒーを地面に置き、助けに行きました。
倒れた自転車を元に戻そうとしたら、倒れずに残っていた、7~8台が将棋倒しです。
「仕舞った」と思いましたが、仕方ないですよね。全てを元に戻して、三人で良かった、良かったでした。
三人?、私とおばさんで二人。
そうなんです、もう一人、多分高校生くらいの女の子が、倒れた自転車を起こしてました。
世の中見捨てたもんじゃ有りません。こういう若い子もまだまだ沢山います。
とっても嬉しかったです。
「俺が手を出さなければ、残りの7~8台は倒れずにすんだか?」と思いながら、私は、おばさんと、女の子と三人で、自転車を元に戻しました。
帰り際に、おばさんから「有難う御座いました」とお礼の言葉をかけて貰ったのですが、残り7~8台を倒した事が気になり、
「お互いさまですよ」の一言を言えなかったのが、「残念~」でした。
思いやり-12 ― 2008年03月08日 03時52分28秒
昨日のブログへ、二つもコメントを頂き、褒められました。別に特別な事をした覚えも有りませんし、書きたかったのは、女の子の事です。多分、この子も、特別な事をしたという気持ちは無いのでしょうが、私は「嬉しかった」ので書きました。
実は、時々思い出し、考えている事が有ります。
高専の2年の時です。柔道部にいて、左手の甲を亀裂骨折しました。
若いですから治りも早いです。腫れが引き、痛みが取れ、風呂に行きました。
当時の我が家には風呂が有りません。銭湯通いです。ただし、銭湯まで、歩いて20~30秒です。温泉旅館の大浴場と、泊まった部屋より間違いなく近いです。
その銭湯での事です。骨折した左手の甲の包帯を濡らさない様にビニール袋でカバー?して、洗い場で身体を洗っている時でした。
右手はなんとも無いですから、別段、不自由無く洗っていました。さすがに、背中は無理でしたが。
その時、「お兄さん手ぬぐいかして」と、知らないおじさんから声をかけられました。
背中をながしてくれるという言葉です。
「いいですよ」と遠慮したのですが、背中をながしてもらいながら、その方に、こう言われました。
「あんたの身体が不自由で、一生不自由だったら、ながしてあげないよ、一時だろ、だから、ながしてやるんだよ」
多分、「一時なら助けてあげられるが、一生では無理。それでは、その人のためにならない」という意味だと思います。
「有難う御座いました」とお礼を言って、家に帰り、両親にその話をしました。
お袋から「その人の名前は」と聞かれ、「聞かなかった」と答えたら、親父からきつ~い一言。
「馬鹿、名前聞いておかなければ、お礼言えないだろ、今度逢ったら聞いときなさい」
「参った~」です。確かに親父の言うとおりです。
その後、銭湯で逢う事出来ませんでした。
でも、背中をながしてもらった事より、「あんたの身体が不自由で、一生不自由だったら・・・・」の言葉のほうが、私の心に強く残っているのは何故でしょう。
正直に言って、未だに解決できないでいます。
「たとえ、一時でも、身体の不自由な人の手助けが出来れば、それはそれで良いのでは」と考える時も有りますし、「私が助けてあげられない時は誰が助ける」という考えが出てくるときも有ります。
ひょっとして、そのおじさん、照れ隠しで言ったのかと、最近では思う時も有ります。
優しい人って、恥ずかしがる人が多いようですから。
ちなみに、この経験が元で、未来クラブに入る事になりました。当時の産業振興課K係長の勧めで。
実は、時々思い出し、考えている事が有ります。
高専の2年の時です。柔道部にいて、左手の甲を亀裂骨折しました。
若いですから治りも早いです。腫れが引き、痛みが取れ、風呂に行きました。
当時の我が家には風呂が有りません。銭湯通いです。ただし、銭湯まで、歩いて20~30秒です。温泉旅館の大浴場と、泊まった部屋より間違いなく近いです。
その銭湯での事です。骨折した左手の甲の包帯を濡らさない様にビニール袋でカバー?して、洗い場で身体を洗っている時でした。
右手はなんとも無いですから、別段、不自由無く洗っていました。さすがに、背中は無理でしたが。
その時、「お兄さん手ぬぐいかして」と、知らないおじさんから声をかけられました。
背中をながしてくれるという言葉です。
「いいですよ」と遠慮したのですが、背中をながしてもらいながら、その方に、こう言われました。
「あんたの身体が不自由で、一生不自由だったら、ながしてあげないよ、一時だろ、だから、ながしてやるんだよ」
多分、「一時なら助けてあげられるが、一生では無理。それでは、その人のためにならない」という意味だと思います。
「有難う御座いました」とお礼を言って、家に帰り、両親にその話をしました。
お袋から「その人の名前は」と聞かれ、「聞かなかった」と答えたら、親父からきつ~い一言。
「馬鹿、名前聞いておかなければ、お礼言えないだろ、今度逢ったら聞いときなさい」
「参った~」です。確かに親父の言うとおりです。
その後、銭湯で逢う事出来ませんでした。
でも、背中をながしてもらった事より、「あんたの身体が不自由で、一生不自由だったら・・・・」の言葉のほうが、私の心に強く残っているのは何故でしょう。
正直に言って、未だに解決できないでいます。
「たとえ、一時でも、身体の不自由な人の手助けが出来れば、それはそれで良いのでは」と考える時も有りますし、「私が助けてあげられない時は誰が助ける」という考えが出てくるときも有ります。
ひょっとして、そのおじさん、照れ隠しで言ったのかと、最近では思う時も有ります。
優しい人って、恥ずかしがる人が多いようですから。
ちなみに、この経験が元で、未来クラブに入る事になりました。当時の産業振興課K係長の勧めで。
思いやり-13 ― 2008年03月09日 05時34分36秒
昨日、愛車「ラルゴ君」がオーバーヒートした時にお世話なった、従兄弟(漢字有ってますか)の板金工場へローター研磨機を見てもらいに行って来ました。
明日から京都へ行くので、その前準備、ブレーキに関する、色んな情報を聞くためです。整備士とユーザーの中間みたいな立場ですから、いろんな良い話を聞けました。
「修理依頼の車にもブレーキ不調が有って、怖い時あるよ。それでも車検通るみたい。整備士は職人気質が強いから、「ふんだくり」と思われるの嫌で、ユーザーに言いづらいみたい。でも、必要な部分は直さないと。」と言われた時は嬉しかったです。
私の仕事の重要性が認識できました。今まで出来なかったブレーキ診断気に入って貰えたみたいでした。やっちゃん、有難う。
帰りに、近くに済む叔父(当然ですが従兄弟の父親、内は叔父、叔母が多いので念のため)の所にもよりました。カーナビで行ったのですが、完璧に方向を間違え、着くまでに時間がかかり、叔母さんから「遅いから電話したとこ」と言われ、着いて、最初の言葉が「遅くなってゴメンナサイ」でした。
「なさけね~」です。
思い出
45年くらい前ですが、親父と叔父さんと、私の兄と4人で、浦安にハゼ釣に行った時の事です。
釣り場は、ディズニーランドの対岸。もっとも、当時は、ディズニーランド有りません。コンクリートの傾斜した土手を下りて、水際での釣になります。
「水際はヌルヌル滑るから、近寄るな」と親父が言っているそばから、少しでも、遠くに仕掛けを入れたい私は、水際まで行き、「ドボン」です。
幸い水深は腰くらいまでしか有りませんでしたし、泳ぎもそこそこ出来たので、私自身は「仕舞った」程度だったのですが、親父も叔父さんも大変、「muneyaが溺れる」です。
直ぐに、親父が私の所に来てくれて、助けてくれました。
なら良いのですが、私を助ける為には、どうしても、滑るところに足が来ます。
そして「ドボン」です。
それを見た叔父さんも「大変だ」と、助けに来てくれたのですが、またもや「ドボン」です。
足が立ちますから、土手に上がれるはずなのですが、滑るので、上がれません。
それを見ていた残りの一人。そうです、我兄貴、助けに来るかと思ったら、笑っていました。
既に、三人落ちていますが、兄貴からは足が立つのも見てますし、季節も秋ですから、水が冷たいということも有りません。全て、頭の中に入っている様子。
流石、我兄貴、冷静?です。そうでなければ許さん!。
親父が「手ぬぐいでロープ作って、足場にも滑らないようタオル敷け、絶対に近寄るな」と兄貴に指示をして、三人無事に助かりました。
帰りに、叔父さんの家によって、叔母さんにご心配をかけたのは想像がつくでしょう。
それにしても、親父と、叔父さんの気持ちと、我兄貴の冷静さ、180度違いますね。
さて、どちらが、本当の「思いやり」でしょうか。(-_-;)
比べる事自体が間違いなのです。(^ム^)
明日から京都へ行くので、その前準備、ブレーキに関する、色んな情報を聞くためです。整備士とユーザーの中間みたいな立場ですから、いろんな良い話を聞けました。
「修理依頼の車にもブレーキ不調が有って、怖い時あるよ。それでも車検通るみたい。整備士は職人気質が強いから、「ふんだくり」と思われるの嫌で、ユーザーに言いづらいみたい。でも、必要な部分は直さないと。」と言われた時は嬉しかったです。
私の仕事の重要性が認識できました。今まで出来なかったブレーキ診断気に入って貰えたみたいでした。やっちゃん、有難う。
帰りに、近くに済む叔父(当然ですが従兄弟の父親、内は叔父、叔母が多いので念のため)の所にもよりました。カーナビで行ったのですが、完璧に方向を間違え、着くまでに時間がかかり、叔母さんから「遅いから電話したとこ」と言われ、着いて、最初の言葉が「遅くなってゴメンナサイ」でした。
「なさけね~」です。
思い出
45年くらい前ですが、親父と叔父さんと、私の兄と4人で、浦安にハゼ釣に行った時の事です。
釣り場は、ディズニーランドの対岸。もっとも、当時は、ディズニーランド有りません。コンクリートの傾斜した土手を下りて、水際での釣になります。
「水際はヌルヌル滑るから、近寄るな」と親父が言っているそばから、少しでも、遠くに仕掛けを入れたい私は、水際まで行き、「ドボン」です。
幸い水深は腰くらいまでしか有りませんでしたし、泳ぎもそこそこ出来たので、私自身は「仕舞った」程度だったのですが、親父も叔父さんも大変、「muneyaが溺れる」です。
直ぐに、親父が私の所に来てくれて、助けてくれました。
なら良いのですが、私を助ける為には、どうしても、滑るところに足が来ます。
そして「ドボン」です。
それを見た叔父さんも「大変だ」と、助けに来てくれたのですが、またもや「ドボン」です。
足が立ちますから、土手に上がれるはずなのですが、滑るので、上がれません。
それを見ていた残りの一人。そうです、我兄貴、助けに来るかと思ったら、笑っていました。
既に、三人落ちていますが、兄貴からは足が立つのも見てますし、季節も秋ですから、水が冷たいということも有りません。全て、頭の中に入っている様子。
流石、我兄貴、冷静?です。そうでなければ許さん!。
親父が「手ぬぐいでロープ作って、足場にも滑らないようタオル敷け、絶対に近寄るな」と兄貴に指示をして、三人無事に助かりました。
帰りに、叔父さんの家によって、叔母さんにご心配をかけたのは想像がつくでしょう。
それにしても、親父と、叔父さんの気持ちと、我兄貴の冷静さ、180度違いますね。
さて、どちらが、本当の「思いやり」でしょうか。(-_-;)
比べる事自体が間違いなのです。(^ム^)
思いやり-14 ― 2008年03月10日 04時34分35秒
ブログを書いていると、色んな方からコメントを頂きます。私も遠慮なく、勝手に書いてます。
そのコメントにコメントがつき、コミニケーションが出来る事があります。
ミユキアクセサリー社長の「職人道」というブログ(あだちブランドありがとう)に「・・・・・・良い写真ですね」とコメントを入れたら、写っていた方(早い話が、未来クラブの会長と、オンリーワンのK女史)が、コメントを重ねてくれました。
未来クラブの会長は「・・・・おっさんでも良い・・・」。普段なら、「おっさんじゃない、寛ちゃんだ」と来るはず。
又、K女史も「・・・・ダイエットを決意」と書いて有りました。
笑いが生まれ、心が和みます。
この瞬間が好きなので、ブログ書いたり、コメント書いたりしています。
お二人の「思いやり」に感謝です。
え、「そう思っているのはお前だけ?」それでも良いんです。私が気分よければ。
この場合は、自分勝手でも、誰にも迷惑をかけてはいない筈ですから。
そのコメントにコメントがつき、コミニケーションが出来る事があります。
ミユキアクセサリー社長の「職人道」というブログ(あだちブランドありがとう)に「・・・・・・良い写真ですね」とコメントを入れたら、写っていた方(早い話が、未来クラブの会長と、オンリーワンのK女史)が、コメントを重ねてくれました。
未来クラブの会長は「・・・・おっさんでも良い・・・」。普段なら、「おっさんじゃない、寛ちゃんだ」と来るはず。
又、K女史も「・・・・ダイエットを決意」と書いて有りました。
笑いが生まれ、心が和みます。
この瞬間が好きなので、ブログ書いたり、コメント書いたりしています。
お二人の「思いやり」に感謝です。
え、「そう思っているのはお前だけ?」それでも良いんです。私が気分よければ。
この場合は、自分勝手でも、誰にも迷惑をかけてはいない筈ですから。
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